ノースアジア大明桜のエース風間球打(かざまきゅうた)投手が注目されています。
甲子園に出場するピッチャーの中でも最速の157キロを投げるドラフト注目のピッチャーです。2021年の甲子園は順延につぐ順延ですが、ピッチャーとしてどこまで活躍できるかは本人も意気込んでいるところでしょう。
この記事では、風間球打選手の両親について一体どんな人なのかを調査してまとめました!
風間球打の家族構成は?
風間球打投手は、4人兄弟の3番目。全員男の子で、そこに父親と母親が加わり6人家族です。
- 父親:風間啓介
- 母親:風間今日子
- 長男:球道
- 次男:球星
- 三男:球打
- 四男:球志良(きゅうしろう)
かなり独特な兄弟の名前ですね!見て分かる通り、兄弟全員の名前に「球」がつきます。全員男の子で、球道さんは山梨学院大で野球をプレーしています。
2歳年上の兄球道(きゅうどう)さんの影響で、小3から奥野田スポーツ少年団で野球を始める。基本は捕手だが外野手も。家族は父啓介さん、母今日子さん、兄球道さん、弟球打(きゅうた)さん、球志郎(きゅうしろう)さん。180センチ、78キロ。右投げ右打ち。
引用元:日刊スポーツ
四男の球志良くんはまだ中学生ですが、野球をしています。野球大好き野球一家という感じですね。
風間球打の両親の顔画像や年齢は?
ここからは父親の啓介さんと母親の今日子さんについて深堀りしていきます。風間球打選手を育てた両親とはいったいどんな方なのでしょうか?
風間球打の父親は元高校球児
風間球打選手の父親は、さきほども紹介しましたが「風間啓介」さんといいます。野球好きなのはお子さんにつけた名前から伝わってきます。ただ他の情報(顔画像や年齢)は見つかりませんでした。
球星さんや球打選手は顔画像がありますので、啓介さんも少なからず似ているはずですね。今は想像するしかありません。
唯一分かったのは、風間啓介さんは元高校球児だったということです。
父啓介さんも塩山商の高校球児。「球星」の名前には、水島新司の漫画「球道くん」になぞらえ「球けがれなく星になれ」との思いが込められている。
引用元:日刊スポーツ
風間啓介さんは山梨にある塩山商の出身。現在は商業科を設立して名前が塩山高校に変わっています。
有名な出身者には、プロ野球選手の松本信二選手、鶴田泰選手がいます。塩山商業は、昭和51年に初の甲子園出場を決めていますが、その後は出場ならず。そんな中で父の啓介さんは甲子園出場を目指して白球を追っていたのでしょう。
そして啓介さんは、漫画「球道くん」の大ファン。そこから息子の名前を付けたそうですよ。
リアルには野球に明け暮れながら、合間には野球漫画を見て少年期を過ごしたということでしょう。
父親の啓介さんはもうどれだけ野球愛が深いか、それは分かりましたよ!
風間球打の母親は?父と幼馴染?
球打選手の母親、今日子さんについては啓介さんより情報がありませんでした。顔画像はもちろんのこと、年齢も不明です。
しかし、マキタスポーツさんと啓介さんと今日子さんは幼馴染のようで、唯一それが母親の情報となります。
マキタスポーツさんの出身を調べてみると「山梨県山梨市」。ツイッターでは、風間球打選手の活躍を見ておもわず呟いていました。
幼なじみのケイスケの子じゃないか!きょうこちゃんの子じゃないか!
と。
これから分かる通り、啓介さんと今日子さんの関係も「幼なじみ」であると推測できますね。
お二人共山梨で生まれ、山梨で出会ってそのまま結婚したのでしょう。今日子さんも同じ塩山商業の出身の可能性もあります。ちなみにマキタスポーツさんの出身高校は山梨県立日川高等学校です。
マキタスポーツさんは2021年に51歳になります。幼なじみという関係から、啓介さんも今日子さんも2021年で51歳、もしくは前後の年齢の可能性が限りなく高いですね。
風間球打のプロフィール
名前:風間球打(かざまきゅうた)
生年月日:2003/10/11
出身:山梨県甲府市
身長/体重:183/80
風間球打選手は、小学1年生から野球を始めます。そして3年生からピッチャーに。
中学校では地元の硬式野球チーム「笛吹ボーイズ」に所属し、3年時点で時速135キロの速球を投げるようになっていました。当時から化け物じみていますね。
高校から山梨を離れ、秋田県にあるノースアジア大明桜の野球部に野球留学しています。時速157キロを計測したのは高校3年の夏の県大会準々決勝。そこから更に注目されるピッチャーとなりましたね!