2021年からポルトガルのクラブチーム、CDサンタ・クララでプレーし、FIFAワールドカップの代表選手にも選ばれた守田英正選手。
現在、世界で活躍している守田英正選手ですが、高校時代は無名選手だったのをご存知ですか?強豪校・金光大阪高等学校に通いながらも、大会出場経験はないんだそうです。
守田英正選手がどんな学生時代を過ごしていたのか、気になりますよね。守田英正選手の学歴から学生時代のエピソードまでまとめてみました。
守田英正のプロフィール
まずは守田英正選手のプロフィールをご紹介します。
- 名前:守田英正(もりたひでまさ)
- 生年月日:1995年5月10日
- 年齢:26歳
- 出身:大阪府
- 身長/体重:177cm/75kg
- 最終学歴:流通経済大学
- 所属:プリメイラ・リーガ・CDサンタ・クララ
2020年にはモデルの藤阪れいなさんと結婚し、2022年2月には第一子となる女の子も誕生しています。
公私ともに充実している守田英正選手ですから、これからの活躍にも期待できそうですよね!
守田英正の出身高校は金光大阪!
守田英正選手の出身高校は、大阪府高槻市にある金光大阪高等学校です。中高一貫の私立校で、1982年に設立されました。設置学科は普通科のみですが、「普通科コース」と特進コース」を設けており、偏差値は45~58です。
金光大阪高等学校は部活動が盛んで、サッカー部や野球部、吹奏楽部など全国大会に出場するほどの実力があり、卒業生にはプロスポーツ選手も多くいます。
- 宮迫博之
- 田畑智子(女優)
- 家長昭博(プロサッカー選手・川崎フロンターレ)
- 林卓人(プロサッカー選手・サンフレッチェ広島)
サッカーの強豪校と言われるだけあって、卒業生にはプロサッカー選手も多くいるようです。
守田英正の高校時代のエピソード
守田英正選手は金光大阪高等学校のサッカー部に所属していました。しかし、高校時代は目立った選手ではなく、守田英正選手自身も高校時代の自分について、「全国区の選手でもなかった」と語っています。
「全国大会にも出たことがなければ、全国区の選手でもなかった。埋もれていたと言うか。下手ではなかったですけど、特に上手くもない、という感じでしたね。高校はあまり名の売れていた感じでなかったです」
「下手ではないと思っていましたし、ボールを触ること自体はすごく好きでした」
引用元:footballista
守田英正選手は自身のことを「埋もれていた」と話していましたが、対戦相手の選手からは高い評価をされていたそうです。高校3年生の時にはキャプテンとなり、背番号10番を背負って活躍していました。

中学時代の充実したサッカー生活から一転、高校時代は壁にぶつかってしまった守田英正選手。「高校で全国に行ければいいや」という強気な気持ちで高校に入学しましたが、結果的に高校3年間で全国大会出場はできず、ベスト4が限界という結果になってしまいました。
そんな状況にプロへの道は遠いと感じた守田英正選手でしたが、プロになることを諦める選択肢はありませんでした。いつかやっていれば辿り着くと思っていたそうです。親に「そんなんじゃ無理」と言われても「絶対見返してやる」と思って努力を続けた守田英正選手。壁にぶつかっても、負けず嫌いな性格と影の努力がプロへの道を繋げたのかもしれませんね。
高校時代の守田英正のスゴさ
金光大阪高等学校の岩松哲也監督は、入学当初の守田英正選手について、実力は並よりやや上くらいだったが、「責任感の強さと走力が際立っていた」と話しています。
「中体連の子は『自分は中体連だから』と引け目を感じている子が多いんですけど、守田はその中でクラブチーム出身の同級生たちに負けずにコツコツと積み重ねをしてきて、芽が出てきたのかなと。それに、もともと行動で示すタイプでした。責任感が強く、1年生の時から代表者的な立ち位置もやっていましたし、キャプテンも務めましたから。
引用元:SOCCER DIGEST
また、岩松哲也監督は守田英正選手の走力についても「陸上部よりもすごい。めちゃくちゃ走れた」とベタ褒めしています。
サッカー選手は足が速いとは思っていましたが、岩松哲也監督が見てきた30年間の中でトップクラスの走りというのはすごいですね!
さらに岩松哲也監督は守田英正選手のように叩き上げでチャンスを生かして頑張っている選手の存在は励みになると語っています。
高校時代の恩師にこれだけベタ褒めされているというのはすごいですね。恩師の言葉には説得力を感じます。決して目立った選手ではなかった守田英正選手ですが、サッカーに真摯に向き合い、努力を続けてきたんだなと伝わってきますね。
守田英正の出身大学は流通経済大!
守田英正選手の出身大学は茨城県龍ケ崎市に本部を置く流通経済大学です。設置学部は経済学部や社会学部、スポーツ健康学部など6つあり、偏差値は35~40です。近年はサッカーやラグビーなどの課外活動の充実にも力を入れています。
流通経済大学のサッカー部は強豪で知られ、多くのプロサッカー選手を輩出しています。
- 片岡安祐美(女性野球選手・タレント)
- 阿部伸行(プロサッカー選手)
- 染谷悠太(プロサッカー選手)
- 中井貴裕(柔道家)
- 笠原雄太(ラグビー選手)
サッカー選手だけでなく、野球やラグビーなど多くのスポーツ選手が在籍していたんですね。
守田英正は流通経済大を選んだ理由
高校時代に全国大会出場できず、実力の差を感じた守田英正選手はプロになるための道として、流通経済大学への進学を決めました。
プロになるなら、ちゃんと名の売れたプロを輩出するような伝統のある大学に行かないといけないと思った
いろいろなことを現実的に考えることで自分の道を決めてきたという守田英正選手ですが、流通経済大学を選んだ理由は他にもありました。
高校2年生の時に対戦した流通経済大学付属柏高校の強さに衝撃を受けたそうです。この時に対戦したメンバーと一緒にサッカーをやりたいという思いから流通経済大学に進むことを決めた守田英正選手。サッカー推薦をもらったわけではなく、セレクションを1から受けて入学しました。
流通経済大学に入学してからはサッカーが楽しくて仕方なかったという守田英正選手。自分よりはるかに上手い選手がたくさんいる環境に身を置くことで刺激を受け、自分のパワーに変えてきたそうです。
プロへの道を確実なものにするために、伝統のある流通経済大学を選んだ守田英正選手ですが、大学に入ってからは負けず嫌いな性格が大きく作用していたようですね。高校時代にぶつかった壁も守田英正選手にとってはプラスに働いたのかもしれません。
守田英正の大学時代のエピソード
大学に入り、プロ入りへ向けて努力を続けてきた守田英正選手ですが、順風満帆なサッカー生活ではありませんでした。1年の全日本大学サッカー選手権でトップチームに上がりましたが、出場しているのは3年生からで、なかなかチャンスを掴めずにいた守田英正選手。
そんな守田英正選手の転機は、自身のボランチ像を変えたことでした。小学生時代からずっと攻撃型ボランチとしてプレーしてきた守田英正選手は、「周りを動かせることがボランチの魅力だった」と語っています。
しかし、それは大学では通用しませんでした。守備に重点を置くチームだったこともあり、これまでの攻撃型ボランチではなく、守備型ボランチに切り替える決断をしました。
攻撃面でチームから指摘されていたのは「ラストパスも出せないし、シュートも打てない。決定的な仕事ができない」ということでした。その指摘に対して守田英正選手は「ずっと自分の課題だった」と語っています。
自分でもそれはずっと課題だったんですよね。それは中学、高校も一緒。練習しても上手くならなかったのが現状で、正直ボランチは無理かなと思う時もありました。
しかし、そこで腐らないのが守田英正選手。自身がボランチとして売っていくためにはどうするかと考え、守備に特化したボランチになろうと決めたのです。するとその効果は確実にピッチへ現れたそうです。
攻撃型ボランチから守備型ボランチに進化を遂げたことで、着実に実力を上げた守田英正選手。「ボールを奪えることがどんどん楽しくなっていった」と語っています。
大学No1ボランチへと進化を遂げた守田英正選手は大学4年生の時に、全日本大学サッカー選手権で優勝しました。さらに大会最優秀選手賞も受賞しました。そしていくつかのプロクラブチームからオファーを受けた守田英正選手は悩んだ末、川崎フロンターレへの入団を決めました。
その理由として、「ボランチとしてだけでなく、大学ではサイドバックやセンターバックとして出場することもあり、他のポジションもこなせるのが強みだったので、それを理解してくれたのが川崎フロンターレだった」そうです。
ボランチ一本で勝負したいという気持ちがある一方で、「長谷部誠選手のようにどこのポジションも問題なくできる選手になりたい」という思いもあり、努力を続けている守田英正選手。
小学生時代からの自身のプレースタイルを変え、プロ入りを手に入れた守田英正選手の本気度はすごいですね。大学時代の決断が守田英正選手の未来を変えたと言っても過言ではありません。
まとめ
2021年からポルトガルのクラブチームでプレーし、FIFAワールドカップの代表選手にも選ばれた守田英正選手。
現在、世界で活躍している守田英正選手ですが、高校時代は強豪校にいながらも全国大会への出場経験はなく、無名の選手でした。
プロへの道は遠いと思いながらも諦めなかった守田英正選手は、プロを多く輩出している伝統のある大学として、流通経済大学への進学を決めました。
大学ではこれまでの攻撃型ボランチが通用せず、壁にぶつかった守田英正選手ですが、そこで自身のプレースタイルを守備型ボランチに変えたのです。
守備型ボランチとして進化を遂げた守田英正選手は着実に実力を発揮しました。大学4年生の時に全日本大学サッカー選手権で優勝し、最優秀選手賞も受賞することができました。
注目を集めた守田英正選手はいくつかのプロチームからオファーを受け、川崎フロンターレへの入団を決めました。
世界で活躍する守田英正選手がいくつもの壁にぶつかっていたのは意外で驚きました。壁にぶつかっても諦めない守田英正選手のサッカーに対するまっすぐな姿勢は素晴らしいと思います。
これからも守田英正選手に注目し、応援していきたいですね。