×

 

羽生結弦

2022年7月19日にフィギュアスケートの競技者から退き、プロ転向を決意したことを明らかにした羽生結弦選手。

 

オリンピック・世界選手権ともに2連覇、グランプリファイナル4連覇など、確実に実績を残し一時代を築いてきました。

 

そんな羽生結弦選手は早稲田大学の卒業生!

 

運営者

スケート技術が高いだけじゃなく勉強も得意なんだね!

 

また、小学校から高校は何処に通っていたのか、各学校ではそれぞれどんな学校生活を送っていたのかも気になります。ちなみに高校時代には焼きそばいじめなる壮絶ないじめを受けたことがあるそうですよ。

 

今回は羽生結弦選手のプロフィールを含め、この辺りの話題を深掘りしていきます!

羽生結弦は早稲田大学卒業!

羽生結弦

羽生結弦選手が早稲田大学に入学したのは、ソチ五輪の前年の2013年でした。

 

所属は「人間科学部通信教育課程(eスクール)」で、2020年9月に卒業するまでの8年間早稲田大学に所属していたようです。

2014年ソチ、2018年平昌でフィギュアスケート男子で五輪を連覇した羽生結弦が、今年9月に早稲田大学の人間科学部通信教育課程を卒業したことが明らかになった。

引用元:Yahoo!ニュース

卒業生には、フィギュアスケートの今井遥選手、プロサッカーの輪湖直樹選手、タレントの紗栄子さんなど多くの有名人が名を連ねています。

早稲田大学

早稲田大学,Google map

早稲田大学全体の偏差値は60.0~70.0。

 

通信教育過程については入試の際の学力試験がないので、一般入試とは異なり偏差値はありません。

 

但し選手生活と学業を両立しながらの卒業はかなりの困難を極めたようで、授業はオフ日にオンデマンド受講しています

羽生結弦

レポートは遠征に向かう飛行機内で作成し、空港で提出するなどのハードスケジュールをこなす日々を送り卒業にこぎつけました。

在学中、羽生選手は、勉強するときは勉強だけに集中したいということから、オフの日にまとめて授業をオンデマンド受講し、遠征の移動中の飛行機でレポートを書き、到着した空港で提出するという日々を繰り返してきたという。

引用元:早稲田大学

先程、羽生結弦選手が早稲田大学を卒業するまで8年を要したことに触れましたが、留年に留年を重ね一時は卒業も危ぶまれたそうです。

 

自由で多様性のある校風を持つ早稲田大学とはいえ、学部生として在籍出来るのは最大で8年間。

 

その間に数多くの課題をクリアしなければいけない為、例えば長く卓球界の頂点に君臨し続けた福原愛さんなど、学業との両立を諦め退学してしまった有名人も少なくありません。

福原愛

羽生結弦選手の場合はタイムリミットが近付いていた時期がコロナ渦だったこともあり、『3Dモーションキャプチャによる陸上でのジャンプの研究』など、卒業論文の課題作成に集中する時間が多く取れたそうですよ!

 

2022年8月23日放送の24時間テレビで羽生結弦選手本人が明かしていました。

コロナ禍で“勉強にすごい集中できて論文を完成させられた”と、卒業論文を提出したことを報告していましたよね。『3Dモーションキャプチャによる陸上でのジャンプの研究』という項目も、紹介していました。不幸中の幸いで、コロナ禍で勉強する時間が多くとれたのでしょう」(専門誌記者)

引用元:日刊大衆

ちなみに早稲田に入学した理由は、羽生結弦選手曰くフィギュアスケートの技術を科学的な方法で高めることが可能だ、と考えたからだそうです。

 

留年をしたとはいえ、しっかりとした目標を持ち8年間学業に向き合ってきた羽生結弦選手からは強い意思を感じました。

羽生結弦は高校で焼きそばいじめを受けた壮絶な過去も【画像】

羽生結弦

羽生結弦選手は私立の共学校・東北高校在学中に『焼きそばいじめ』を受けるなど、壮絶な過去を送ってきたそうです!

 

焼きそばいじめとは何ぞや?と思い調べてみると、羽生結弦選手のものと思われる椅子に、焼きそばが置かれている様子を撮った画像が出回っていました!

 

どうやらこれは犯人自身がツイッターにアップしたもののようですよ。

羽生結弦,焼きそばいじめ

これは流石に酷い仕打ちですが、羽生結弦選手をいじめていたのは『焼きそばいじめ』の犯人だけではなかった様子。

 

同級生と思われる女子生徒も、羽生結弦選手を中傷するような投稿をしていました。

焼きそばいじめ

またツイート右側の焼きそばいじめの画像上のコメントに注目してください。

 

キノコやおかまなどと、羽生結弦選手のことを見下していた人物もいたことが分かります。

 

更にまだまだいじめエピソードはありました。

 

野球部の上級生に「調子に乗ってんなよ」と捨て台詞を吐かれた上に、サインを書いたばかりの国語辞典をゴミ箱に捨てられるなんてことも!

 

こうした複数のいじめの原因が羽生結弦選手の独特な性格の影響からなのか、世界レベルで活躍する彼への嫉妬からなのかは不明です。

羽生結弦

「しゃしゃるな」「調子に乗るな」と、学校に来る度に羽生結弦選手にやっかみを言う生徒も少なくなかったようですよ。

 

本人はそうしたいじめを全く意に返さなかったというのだから、当時から相当強い心を持っていたのでしょう。

 

ここで挙げたいじめ以外にも、まだまだ表に出ていないいじめもあるかもしれません。

 

いずれにせよ壮絶な高校時代のいじめに屈することがなかったからこそ、羽生結弦選手が現在進行形で成長し続けているのではないでしょうか?

羽生結弦の学歴まとめ

羽生結弦

フィギュアスケート選手として世界を相手に挑戦し続けてきた羽生結弦選手。東北高校と早稲田大学在学時の出来事に触れてきましたが、羽生結弦選手に関係するエピソードはまだまだあります!

 

運営者

いじめ以外で羽生結弦選手の学生時代をもっと知りたいな!

 

そこで小学校から大学までの学歴をまとめながら、それぞれのエピソードを紹介。

 

具体的にはまだ触れていない小中学校は何処に通っていたのか?どんな学校生活を送ってきたのか?

 

東北高校・早稲田大学在学中の明るいエピソードは何か等々、早速解説していきたいと思います!

羽生結弦の学歴まとめ
  • 仙台市立七北田小学校 卒業
  • 仙台市立七北田中学校 卒業
  • 東北高校       卒業
  • 早稲田大学      卒業

羽生結弦の小学時代

羽生結弦,小学校時代

宮城県仙台市で生まれた羽生結弦選手は、地元にある仙台市立七北田小学校に通っていました。

 

実際の在学期間は2001年4月から2007年3月までとなっています。

羽生結弦,仙台市立七北田小学校

フィギュアの名コーチ・都築章一郎さんの指導を受けることになったのは、小学2年生の時からだったようです。

 

都築章一郎さんは日本人初の世界選手権銅メダリスト・佐野稔さんらを育ててきた人物なので、羽生結弦選手にとって都築章一郎さんとの出会いはチャンスでした。

羽生結弦,コーチ,都築章一郎

そこから友達と遊ぶ暇もない、厳しい練習の日々は始まりますがメキメキと上達。

 

下の動画は9歳の羽生結弦選手が、全日本ノービスBクラスの大会で優勝に輝いた当時の演技です。

才野を開花させた羽生結弦選手の迫真の演技が目を引きますね!

 

2006年、11歳だった時には既に「19歳と23歳のオリンピックで金メダルを取る」ことを目標にしていました。

 

この辺りから既に、羽生結弦選手は世界レベルに挑戦しようとしていたことが窺えます。

 

実際当時のインタビューで語った目標は、19歳でソチ五輪金メダルを、23歳で平昌五輪金メダルを獲得することで達成しました!

 

普通では達成するのが難しいような目標を、有言実行で叶えてしまうのが凄すぎですよね!

羽生結弦の中学時代

羽生結弦,仙台市立七北田中学校

仙台市立七北田小学校を卒業した羽生結弦選手は、仙台市立七北田中学校へと入学。

 

中学1年時には全日本ジュニア選手権で3位に輝き、ノービスの選手ながら日本人男子初の表彰台に上がることに!

 

この時点で羽生結弦選手の中でスケートは当たり前のものになっていましたが、周囲から「もうスケートをやらなくていい」と言われた時もあったそうです。

羽生結弦

その瞬間、今まで当たり前にやってきたものがなくなってしまったらどうしようかと、思い悩んだ羽生結弦選手。

 

だから土下座しながら「お願いします。やりたいです」と言ったことがある・・・後のインタビューで語っていました。

 

こうした辛い経験をしながらもスケートを続け、2008年11月の全日本ジュニアで初優勝、12月の全日本選手権では総合8位と順調に実績を積み重ねていきます。

 

そして中学3年生になると、ジュニアグランプリシリーズとジュニアグランプリファイナルで優勝。

 

遂に中学生の時点でフィギュアスケートの世界ジュニア王者にまで登り詰めました。

羽生結弦

フィギュアスケート選手としては世界レベルに突入した羽生結弦選手ですが、練習や大会の為に学校に通学する余裕はなかった様子。

 

しかし少しでも時間に余裕があれば問題集を解くなど勉強面でも努力家で、成績は全てオール5だったそうですよ!

羽生結弦,成績,オール5

普通ならハードスケジュールをこなしながらの勉強は、疎かになっても不思議ではないでしょう。

 

それを両立してしまうなんて素直に凄いなと思いました。

羽生結弦の高校時代

羽生結弦

羽生結弦選手が通っていたのは、宮城県に位置する共学校・東北高校です。

 

1894年に創立した由緒ある学校で、スポーツが盛んな校風からスポーツ選手も多く輩出しています。

 

プロ野球のダルビッシュ有選手、バレーボールの阿部純也選手、元フィギュアスケートの荒川静香選手など、卒業生にはスポーツ界で名を残してきた人物が数多くいました。

荒川静香
トリノ五輪金メダリストの荒川静香

そんな名だたる卒業生の一人に名を連ねている羽生結弦選手は、偏差値42のスポーツコースに在籍

 

高校になってもスケートに熱心でしたが、勉強にも同じように熱心に取り組んでいました。

 

1年生の終わり頃に発生した東日本大震災の影響で地元の練習場所が使えず、全国各地の復興アイスショーを回っていた羽生結弦選手。

 

通学も難しい状況のなか、学校に来た時には試合を言い訳にせずに必ず周囲に分からない部分を教わり、学年上位の成績をキープしていたのだとか!

 「学校に来ると、よく先生や友達に分からない所を聞き、短時間で頭に入れていた。練習、試合を言い訳にしなかった」。成績は常に学年上位だったという。

引用元:河北新聞

お陰で中学時代から成績はずっとオール5だったようなので、頭脳明晰な部分が十分に伝わってきます。

 

ちなみに東日本大震災当時は実家が全壊し避難所生活を余儀なくされた他、ホームリンクであるアイスリンク仙台も使用出来ない状態に。

アイスリンク仙台
アイスリンク仙台

一時はスケートをやめるか悩んだ時もありましたが、野球部の選手達が選抜高等学校野球大会で頑張っている姿に勇気をもらい、スケートの継続を決意します。

 

このような苦難を乗り越え、高校2年生で出場した世界選手権で3位、高校3年生の時にはグランプリファイナルで銀メダルを獲得することに!

 

高校時代のエピソードからは、羽生結弦選手の絶対に諦めない底力を感じました。

羽生結弦の大学時代

羽生結弦

前述しましたが羽生結弦選手は、早稲田大学人間科学部通信教育課程を卒業しています。

 

早稲田大学に進学した時点でANA所属となり、早速その年のグランプリファイナルで金メダルの栄光を掴み取りました。

 

更に2014年にはソチ五輪金メダルという快挙を成し遂げます!

羽生結弦,ソチ五輪,金メダル

2018年には平昌オリンピックで2大会連続の金に輝くなど、大学在学中の功績も多数。

 

では学業のほうはどうかと言うと、練習の合間に練習拠点のカナダトロントからリモート授業を受けていました。

 

多忙を極めるなかで熱心に勉強してきた羽生結弦選手。

 

そもそも人間情報科学科を専攻した理由は、進化を重ねる情報分野で広い視野を持って人間というものを見つめたいからだそうです

 

また、コンピュータープログラムに興味があり、フィギュアスケートの獲得可能な最高得点の自動計算プログラム構築にも挑戦したというエピソードも!

 

コンピュータープログラムの難解な技術を理解し構築する・・・羽生結弦選手の天才ぶりがよく伝わりました。

ちなみに早稲田大学を卒業する際に作成した卒業論文はなんと約3万文字!

 

平均的な学生の倍はあると言うのだから驚きです。

 

羽生結弦選手はインタビューで、研究を重ねた日々は物事を多面的に検証する力を得ることに繋がったと話していました。

 

単なる受け身ではなく、きちんとした独自の価値観を持った強い目的意識。

 

大学時代のエピソードからは、羽生結弦選手らしさが感じられました。

羽生結弦のプロフィール

羽生結弦

プロフィール
  • 名前:羽生 結弦(はにゅう ゆづる)
  • 生年月日:1994年12月7日
  • 身長:172cm
  • 体重:57kg
  • 出身地:宮城県仙台市泉区

羽生 結弦選手の簡単なプロフィールをまとめましたが、彼にとっての宮城県仙台市は思い入れの深い場所。

 

ホームリンク仙台では何度もスケートの練習をし、高校までは地元仙台市内にある学校に通いました。

 

そんな羽生結弦選手の仙台愛は強く、地元の観光アドバイザーを務め、2019年に発行したガイドブック『仙台巡り』では仙台の魅力を事細かに語っています。

 

仙台はスケートの発祥の地と言われていますが、世界の羽生 結弦を輩出したことでますます聖地化していると言っていいでしょう。

羽生 結弦

そんな羽生結弦選手は前人未到の4回転アクセルに挑戦し続け、未来ある若者達の憧れの存在にもなりました。

 

例えば、2022年USインターナショナルの男子フリーで世界初の4回転アクセルを成功させたイリア・マリニン選手。

イリア・マリニン
イリア・マリニン

羽生結弦選手が北京五輪で4回転アクセルに挑戦し続ける姿を見て、自分も羽生結弦選手のように挑戦し続けたいと試合後のインタビューに答えていました。

 

諦めない強い挑戦心は、イリア・マリニン選手をはじめ次世代の若者達に確実に引き継がれています。

 

2022年7月19日に羽生結弦選手はプロに転向を発表しましたが、「これは引退ではない」と語っていましたよ。

 

フィギュアスケートへの情熱は、プロに転向しても全く変わらないようです。

まとめ

羽生 結弦

羽生結弦選手の学歴や壮絶な過去について振り返りましたが、如何でしたでしょうか?

 

今回考察してきた内容は以下の通りです。

まとめ
  • 羽生結弦は人間科学部通信教育課程(eスクール)の卒業生
  • 東北高校時代は野球部の上級生や同級生にいじめられていた!
  • 羽生結弦の小学校は仙台市立七北田小学校
  • 羽生結弦の中学・高校の成績はオール5!
  • 早稲田大学時代に最高得点の自動計算プログラムを構築!

フィギュアスケートで世界の強豪達と競い合い、そして自らのスケート技術の向上にも力を注いできた羽生結弦選手。

 

学生時代もとても努力家かつ優秀で、いくつもの困難を乗り越えてきたんですね。

 

競技選手引退後はどんな活躍を見せてくれるのか楽しみです!